伊勢うどんレシピ 2009年11月30日

最近、お客さまから、「伊勢うどんの美味しい食べ方」というのを訊かれることが多くなりました。

この「食べ方」というのには二つあって、一つは伊勢うどんの調理方法。もう一つは、他に食べ方は無いですか?というものでした。

調理方法につきましては、お届けの際「召し上がり方」として栞を入れさせていただいておりますが、他の食べ方につきましては、ホームページの「伊勢うどんアラカルト」を参考にしてください。とご連絡させていただいておりました。

ところが、アラカルトのページにはレシピが無い。とのことでしたので、この度『クックパット』に載せさせて頂きました。
(サイト内「伊勢うどん」で検索してみてください。)

よろしければ、伊勢うどんメニューの参考にどうぞ
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宇治橋渡初式 2009年11月03日

2009年11月3日
いよいよ本日宇治橋の渡初式が執り行われます。
渡初式は全国から選ばれた三代揃った夫婦を先頭に執り行われ、この式も20年に1度の行事となります。
なぜ、宇治橋の架け替えが遷宮に先立つこと4年前なのかは、戦後第59回式年遷宮が本来昭和24年だったのが28年に延期されたのですが、せめて宇治橋だけでも!という地元民の熱望により4年前になり、以来20年ごとの遷宮4年前となった。と言うことです。

で、行って来ました宇治橋。

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仕事のため式には参加出来ませんが、本日早朝に擬宝珠の覆いが外された新生宇治橋を見てきました。
やっぱきれいですね!

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これが、1200年前から延々と続けられてきたんですね。

伊勢大祭り 2005年10月17日

 この10月15,16,17日伊勢市でも最大のイベント、神嘗祭をはじめとする伊勢大祭りが開催されました。
今年は15,16が土日とあって、岸和田のだんじり祭り、青森のねぶた祭り、沖縄のエイサー踊りなど、様々なご協力を得、盛大に行われました!神嘗祭とは、毎年10月15日に行われている神宮の祭事で、神田で収穫された新米を神宮に奉納する儀式です。そしてこれを踏まえて伊勢市では毎年10月15,16,17日を大祭りとして街を上げての祭りとしました。
この起源はかなり古く、戦前は国民の祝日とされていたそうで、私が小学生の頃は市内の学校はすべて休みとなり、町別御輿や鼓笛隊などでこのお祭りに参加していました。神宮の外宮さんは「豊受大神」が祀られている神社で、内宮さんの「天照大神」のいわばコックさんでした。

そのため、外宮さんは五穀豊穣の神としても敬われ、この日は外宮さんがメインだとばかり思っていたのですが、実は・・・・

ものの本によると、もともと10月15日の神嘗祭は、収穫祭ではなく、天照大神がはじめて稲穂に触れられた日、なのだそうで、豊作を感謝する日ではなく、記念日だったそうです。

ですから、やはり外宮もしかりなのですがメインは内宮さんなのですね。

・・・・・う゛ーー。

本当に今年は賑やかに執り行なわれ、15日こそ雨に振られましたが翌16日はすっきりと晴れ、おはらい街ではだんじりをはじめとするたくさんのイベントが開催され・・・・・・

だったそうなのですが、、、、私、仕事で行けませんでした・・・(T T)

このブログに書いてる今も、悔しくて悔しくて・・・・あーー千慮の一失というやつですかねぇ。

無念・・・

それで、今回は写真もなし、心なしかブログも元気がないような文章になってるんですよ。

来年は、燃えるぞ!! と、鬼に笑われながらも、心に誓う山口なのでありました

すいの 2005年10月07日

 従業員さんの急なお休みで、久しぶりにお伺いしたお得意様の店で随分奇妙なものを発見しました・・・

そのお得意様は、大変古くから代々伊勢神宮は外宮(げくう)さんの前でご商売をされているお店で、久しぶりに伺うと「あら!めずらしい。」と、それでも素敵な笑顔で迎えてくれました。

以前のようにセイロ入りの伊勢うどんを店の奥まで運んでいくと、その傍らに御輿を小さくしたようなものが置かれていたんですね・・・

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「おばさん、これナニ?」

「あぁ・・これナ、すいのっていうんさ」

「スイノ?」

「うん。」「昔からあって今でもつこうとる出汁こしなんサ。」

「へぇ・・・!!」

「底は馬素ってゆうて、馬のしっぽの毛なんサ!これでな、煮干やかつお節を濾すんやんな!ようできとるやろ」
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「へぇ・・・!!!」

僕は、とにかく感激してしまって「写真取らして!」と言いながら、話を聞いていた。
それによると、これは正式には水嚢(すいのう)といい、古くからある出汁濾し器で昔はどこのうどん屋さんでも使われていたらしい。
ここのおばさんも、先代の店主のときから使っているそうで、なるほど見るからに年季の入った代物である。

すっかり聞き入ってしまって後の配達時間が危なくなってきたので、「ありがとう!!また顔見せに来るわ!」と言って後にしたのですが、おかげ参りより賑わってきた伊勢の街。そのお店は大正のときに始められたそうなのですが、それでも伊勢の歴史のほんの一部を垣間見たような気がして、あらためて伊勢の街が好きになった出来事でした。

もうすぐ神嘗祭・・・

また、伊勢の街が賑やかになります・・・

浜参宮 2005年05月30日

昨日、浜参宮に参加してきました。

浜参宮というのは、来月行われる、伊勢の神宮の遷宮に向け行われる、御樋代木奉曳式(みひしろぎほうえいしき)に参加する参加者が、二見興玉神社で身心を清め、奉曳の安全を祈願する行事なのですが、白装束の祭り衆の井出たちに、背中に「伊勢」と書かれた法被を着ての参加。
生まれてはじめて着る衣装に、着る前から身の引き締まる思いがしたのですが、まずは着るのが大変でした。

そも、あの股引という代物。。。2本の筒が一部分しか繋がっておらず、まともに履くとお尻のところで割れてしまうのですね。「なんだ!?なんだ!?」と思って足を抜こうとすると、股引は足首に向かって細くなっているので、裏返しになってしまうのでありますね。しかもスルりとは抜けず、片足立ちのまま「なんだ!?なんだ!?なんだ!?」などといいながらケンケンになり挙句の果てにドテッっと倒れてしまうんです。そのまま仰向けになって足をバタバタしながらもなんとか脱いだとして、これが両足とも裏返ってしまえばそのまま又ひっくり返せばいいのですが、こういうときに限って片足しか裏返らないので、ただでさえ難しい構造?になっている股引ですから、頭の中身まで裏返ってくるんですね。

結局、「おのれ!!」と思いながらも激闘40分。インターネットで「股引の履き方」を参考にしながら、ようやく様になるイデタチとなりました。d0062221_714625.jpg

20年に1度の大神事「式年遷宮」
去る5月2日に執り行なわれました「山口祭・木本祭」を皮切りに、いよいよ今年から8年の歳月をかけて行われます。

詳しい日程等は『伊勢の神宮』http://www.isejingu.or.jp/でご覧になれますので、伊勢にお越しの際はぜひご参加くださいませ。

また、その際には、弊社の『伊勢うどん』をお土産になにとぞよろしくお願いいたします。

伊勢うどん 2005年03月14日

伊勢名物の一つに「伊勢うどん」があります。
ずんぐりと太めで、コシの柔らかなうどんに、独特の真っ黒いタレをかけただけの素朴な伊勢うどん。高級店で食べるのではなく、割り箸がむき出しの大衆食堂で椅子を引き寄せながら、薬味のネギのみじん切りをのせて、ぐるぐるとかきまぜながら食べる伊勢の名物うどんです。
以前は伊勢市内だけのものでしたが、最近は鳥羽や志摩、松阪方面にも看板が見られるようになり、スーパーや八百屋、食料品店にはあの独特の「たれ汁」のびん詰めが売られているほどの普及ぶりとなりました。

伊勢うどんの発祥は明らかではではありませんが、多分江戸時代以前から米の生産の少ないこの地方の農家が、うどんを多く食しており、その際に味噌溜りを少しかけただけの簡単な調理法を取っていたものと推測されます。伊勢麺類業組合長宇田栄一氏(明治四三年)の話でも、昔は伊勢うどんの商いは宮川から二見までの神領(宇治・山田)民だけに限られていたものなので、楠部や朝熊など四郷の農家が溜りをかけて食べていたものを、かつお節や昆布のダシを加えて美味しくして商売にしたのであろうということです。
伊勢うどんを初めて商売として始められたとして有名なのが浦田町の橋本屋さんです。先祖は神宮の神楽役人、小倉太夫で、うどん屋として始められたのが七代目の小倉小平さんと伝えられています。小平さんが没したのが寛永二年(一六二七)。少なくとも三五0年前に「伊勢うどん」は実在したようです。しかしこの「伊勢うどん」という名称はずいぶん新しいもので、戦後、商店も商品も増えるなかで他の細いうどんとの混乱を避けるため、昭和40年代後期に『伊勢うどん』名付けられました。
それまでは、伊勢でうどんといえばこのずんぐり太い伊勢うどんだったのです。
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プロフィール
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創業昭和23年。伊勢うどんの老舗 山口製麺の最新情報と、伊勢うどんにまつわるあれこれを発信しています。

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